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 中野のお不動様
  (前略)御由緒
延暦十九年(八〇〇)田村麻将軍が東夷征伐の折、当国の守護神として日本武尊を当社に勧請。御神体の不動尊は唐僧、円智上人の作で、中国天台宗の開祖、智嶺の附弟人皇三十三代、 推古帝(六〇四)が十三年に来朝し聖徳太子に勝曼経、法華経を奉り、同十八年太子の命に依り当国に来たり推古帝十八年(六〇九)四月八日、一木より三体を彫刻。
  一体は、長谷沢の東光山 五輪寺
  一体は、古懸山 国上寺に
  一体を、ここ中野の黒瀧山に勧請。
世にこれを津軽三不動尊と称せられる。
旧 津軽藩公所・酉年一代守護神 (後略) (説明板から)

青森県黒石市大字南中野 【あおもりけん くろいし しおおあざ みなみなかの】

千國写真館
中野もみじ山
(津軽)
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中野もみじ山の紅葉
不動の滝
観 楓 台
中野神社の鳥居