千國写真館
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諏訪神社
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すわじんじゃ
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諏訪神社
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小川郷総鎮守諏訪神社勧請由来
 鎌倉時代元亨二年(一三二二年)今より六百八十四年前後醍醐天皇の御世、執権北条高時治世に在りて当時の領主小川入道義綱が虎狼の讒言(ザンゲン)に遭い鎌倉幕府より謀反の企みの嫌疑をかけられ切腹死罪の刑を告げられたが、天地神明に誓い嫌疑を晴らすべき義綱の真意を解され死罪を逃れた。
  これ偏元に、神仏加護の事と鎌倉幕府の信奉守護神たる諏訪大明神の御神徳を迎ぎ信州に詣で国家、一族、一村の安寧を守護賜るべき御分霊を拝し極楽寺和尚慈雲により高萩村、塩田村の境に奉安し総村の鎮守とす。      (説明版から)
福島県いわき市小川町高萩【ふくしまけん いわきし おがわまち しおだ】