和歌山県日高郡日高川町大字鐘巻【わかやまけん ひだかぐん ひだかがわちょう おおあざ かねまき】

鐘楼の在った場所
道 成 寺

謡曲と道成寺
 今昔物語や道成寺絵巻の絵詞などで有名な安珍清姫物語は、能楽や歌舞伎などの名作劇として、今後も永く伝承される重要文化財で、能楽師や歌舞伎役者は一度はここを訪れます。能「道成寺」の乱拍子は門前の石段六十二段を登る姿 を表しています。謡曲「道成寺」は特別伝授の謡曲愛好者の憧れの難曲で、遁成寺伝説の遺跡は、謡曲の史跡でもあります。 清姫の執念で焼け落ちた道成寺初代の鐘は数百年後に再興されたが、再び清姫の怨霊に落とされ、戦乱の世を経て京都妙満寺の寺宝となつたと伝えられます。いま、この鐘巻の跡に立って、再興鐘楼とともに道成寺伝説に思いを馳せヽ初代の鐘の行方をあれこれと類推することでしよう。       謡曲史跡保存会  (説明板から)

入相桜の由来 (品種名 エドヒガン)
 初代の入相桜(イリアイザクラ)この場所に樹齢数百年の大木があり、昭和初期に台風で折れまで和歌山県の天然記念物に指定されていました。嘉永四年(一八五一)の記録では、三十三本の支柱でささえら、本堂の縁側からその枝に短冊をつるせたとあります。 二代目入相桜(現在の木)初代が折れた後、その根元から自生しました。 (説明板から)

安珍清姫伝説
 熊野詣に来た僧侶「安珍」が紀州真砂で泊った。宿の娘「清姫」が一目惚れする。熊野詣での帰りに立寄ると約束する。安珍は立寄らずに帰途する。怒った清姫は安珍の後を追いかけ、日高川で蛇身となり道成寺まで追いかける。安珍が寺の鐘の中に隠れる。清姫は鐘に巻き付き、口から吐く炎で鐘を焼き、殺す。と云う話。この話、色々バリエーションが多い。能の「鐘巻」「道成寺」、人形浄瑠璃「日高川」、歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」などで有名。

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道成寺
安珍・清姫伝説の地
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