上杉謙信公の銅像
千國写真館

かすがやま
じんじゃ

春日山城
上杉謙信公の居城として知られる春日山城は、今から約六百年程前の南北朝時代に築かれ、越後府中を守る拠点であつた。その後、謙信公の父為景公・謙信公・景勝公の。三代にわたり普請に努め、現在見られるような大城郭になつたと考えられている。春日山城の特徴は、山頂の本丸跡から山堀まで連続する屋敷跡群と、堀野に巡らされた総延長千二百メートルの総構え(通称監物堀)である。関東管領として、関東・北陸に覇を唱えた戦国大名の居城にふさわしい大城郭といえる。ここから三の丸を経て本丸に至る屋敷跡はヽ春日山城のなかで最も美しいところのひとつである。
  (説明板から)

春日山神社
(春日山城)
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春日山城の紅葉

新潟県上越市大字中屋敷  【にいがたけん じょうえつ しおおあざなかやしき】

史蹟春日山城趾
 野の西北に位置する春日山上にあって、上杉輝虎(謙信)の居城地であった。本丸を構え、二の丸、三の丸をその下に配し、土塁濠を重ねて比隣に勢威を示した。頂上は蜂ヶ峰と称し、眺望に富み附近の属城を充分に監視することが出来た。
本丸跡の後方、一段低い所に大井戸があって夏でも水の枯れることがなく、その北方に毘沙門丸及び御花畑があった。また、西方には鐘撞堂や景勝屋敷跡等があって、南方の二の丸、三の丸方面には家臣の屋敷跡があった、規模は極めて雄大である.
      文部省 (説明板から)

春日山城(奥の山の上が本丸跡)
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