千國写真館
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通潤橋(アーチ橋)
【放水始め/終わり】

熊本県上益城郡山都町城原 【くまもとけん かみましきぐん やまとちょう じょうはら】

放水口
木管
石管
作業の模型
展示部

(有料放水見直し:一日一回一万円、三日前予約、土日祝日は無し。)





  通潤橋
通潤橋は灌漑用水を送るためにつくられた水路橋です。
建設者は、矢部総庄屋布田保之助、工事を担当したのは卯助・宇市・丈八ら「肥後の石工」と呼ばれる名工たちです。工事は、嘉永五年(1852)十二月から一年八ケ月を要しました。通潤橋は何のためにつくられたのでしょうか、まわりを深い谷に囲まれた白糸台地は水に乏しく、田んぼの水はもちろん、飲み永も足りないような状態でした。このような人々の苦しむ姿を見かねた布田保之助は六キロメートル離れた笹原川から 水を引き、連通管の原理を利用した通潤橋を完成させました。この工事の完成により、白糸大地に百ヘクタールの水田が開けました。
橋の長さ 75.6m、橋の巾 6.3m、橋の高さ 20.2m、
石管の長さ 126.9m。昭和三十五年二月、国の重要文化財に指定されました。   矢部町 (説明板から)

通潤橋
  
通潤橋・資料館
       
駐車場から見る橋
資 料 館
吹上口・吹上池
取入口
通潤橋のしくみ
連通管の原理
建設者布田保之助の銅像
通潤橋

つう じゅん きょう